結局、あれから一度も喋っていない。
たしかに、仁志君と美樹ちゃんが付き合ってるってことには確信を持てたけども。
それよりも私がああ言ったことは相当堪えているらしい。
授業中もいつもに比べて沈み気味。
朝も仁志君ともそんなに喋っていなかったし。
いつもなら色んなことを話して笑い声もあった。
なんか悪いことをしちゃったかな・・・。
私もそのことを気にして、どうも明るくいようなんて思えなかった。
ましてや、そういう風に振舞うこともできなかった。
昼休み、またもやお弁当を開けたところで美樹ちゃんに呼ばれる。
「皐月ちゃんいい?」
「育人、今いいか?」
2人を一緒に呼ぶ・・・ということは遊園地のことだろうか。
「遊園地の事なんだけど・・・」
「うん・・・」
図星・・・か。
「あれ、いつもに比べて元気がなくない?何かあった?」
と、美樹ちゃんが心配して訊いてくる。
「えっ、別に何もないけど・・・」
流石に一緒に来てそんな話したから・・・なんて言えない。
「そう?それならいいけどさ。それで、近くの冨田(とみだ)パークにしようと思うんだけどどう?」
これも図星らしい。
美樹ちゃんと一緒にショッピングに行ったときに駅で見たポスターに大きく紹介されていた。
そのポスターの中で1番、目を引いたのは大きな観覧車。
乗るところは黄色いボディが殆どだが、一つだけピンク色のボディがあった。
特に悪い面もあるというわけではなく、近いところなので私は構わないけれど。
「別にいいけど・・・」
「僕も・・・」
「育人もどうしたんだ?2人とも暗くないか?」
と、今度は仁志君が心配して訊いてくる。
「別にそんなことないけどさ・・・」
「そうか?」
「うん・・・」
それからしばらく誰も喋らなかった。
遊園地に行くのは4人。
それで仁志君と美樹ちゃんは育人君がいうには付き合っているということだった。
ということは2人は当然一緒に行動するだろう。
なら私は育人君と・・・ということになる。
仁志君と美樹ちゃんはそういう意味で遊園地に誘ったのだろうか。
でもそれは考え過ぎかもしれない。
でも、あと1週間あるとはいえ育人君とこのままでは朝は勿論(もちろん)、遊園地に行ったときも辛いものが
あるだろう。
そう思ってしばらく続いていた沈黙を断つ。
「あのさぁ、育人君」
「え、僕?」
「朝はごめんね、あんな話しちゃって」
「え、別に気にしてないけど?」
と、いうけどどう見ても気にしているようにしか見えない。
でもその返事のほうが妥当だろう。
「ほんと?」
「えっ、うん」「ならよかった」
と、ほっとする。
「ん~何があったんだ?」
「さぁ・・・知らないけど」
と、仁志君と美樹ちゃんが不思議そうにしている。
「育人、何かあったのか?」
「えっ、別に何もないよ」
「そうか?」
「そうそう」
こうして育人君との間の重苦しい空気もなんとか消えたのだった。
そろそろかな。
あと4分になったころ、私は家を出た。
空は快晴とは行かないものの晴れている。
雲が所々に何かしら形を作り漂っている。
風もそんなにきついというわけではない。
ちょうど心地良いくらいの風が吹いている。
昨日は全くの曇り空で、どうも好かない天気だった。
今日は、アウトドア日和だとでも言うのだろうか。
育人君の家のドアが開く。
「お待たせ」
と、朝と何ら変わりない喋り方で育人君が言う。
「さあ、いこ」
「うん」
自分で誘っておいたのにいざとなるとやはり緊張する。
早速学校へ向けて歩む。
すぐ隣に育人君がいる。
何故かそれだけでドキドキする。
時が静かに過ぎるようなそんな感じがする。
風が左側から右側に抜ける。
仁志君や美樹ちゃんが言うように育人君は多分私のことが好きなのだろう。
それは育人君を見ても分かる。
昨日にしても一昨日にしてもああやって上がっているし今もそうだ。
でもそれで、もし育人君が私に告白したとしても・・・。
それにしてもこうして一緒に歩いてたとしても向こうから話しかけてくることは一向にない。
どうやら私が会話を繋ぐしかなさそうだ。
そういえば・・・育人君なら美樹ちゃんに幾ら訊いても答えてくれなかったあのことについて知っているかもしれない。
そう思って尋ねてみる。
「今度、遊園地に行くでしょ?」
「うん・・・」
緊張しているのかまるで昨日に戻ったかのような感じ。
「それでさ、何処の遊園地に行くとか何も聞いてない?」
「いや、全然・・・」
「じゃあなんで遊園地になったんだとかも?」
「それも聞いてないけど・・・」
育人君も知らないのか・・・。
これでは遊園地に行った後でないと美樹ちゃんも答えてくれそうにない。
何故今、こうして4人で行くのか・・・。
理由としては『なんとなく』かもしれないけど、それが答えだったとしてもその理由が知りたかった。
それに何処の遊園地に行くのか。
近くにあるのはあの遊園地。
あそこが1番近いけれども県内には他にも幾つかある。
どこに行くのかがはっきりしていれば何に乗ろうとか決められるのに。
また会話が途切れる。
どうにか繋がないと場が持たない。
そこでささやかな疑問をぶつけてみる。
「美樹ちゃんと仁志君ってさ、どういう関係なの?」
「えっ、あの2人?付き合ってるんじゃないかな・・・たぶん」
「何時(いつ)から?」
「それはよく知らないけど・・・前からあんな感じ・・・」
転勤続きで何処の学校にも定着できなかった私にとって友達は一時的なもの。
せっかく仲のいい友達ができたとしてもすぐに自分が転校してしまう。
彼氏なんてもっての他ですぐに引っ越すことは目に見えていたので告白はするにできなかった。
もっとも告白されたことはないわけではないけども転校のおかげですぐにわかれてしまうことが多かった。
そういう私にとって仁志君と美樹ちゃんの2人の関係は羨ましい限りだった。
だからずっとあんな関係でいれればそれは私にとっても羨ましいに越した事はない。
「ああいう関係ってさ、うらやましいよね」
と、青い空を見て言う。
「えっ・・・う、うん・・・」
「でもさ、私はそういう関係になりかけてもすぐに引っ越しちゃうんだよね・・・」
こうして育人君が私のことが好きだったとしてもその気持ちに答えることができないのが悲しかった。
「・・・」
しばらく沈黙が続いた。
お父さんは『ここにはいままでよりも少し長くいられる』と言っていた。
せめてそれだけでも育人君に言っておこう。
「でもここにはしばらくいられそうだから・・・」
でもそれが長くても結局いつかは引っ越す事になるのは目に見えている。
それでも私は育人君から言うのを待とうとそう思った。
それからあとは学校に着くまで一言も言葉を交わす事はなかった。
私のスケジュール帳にそう書かれている。
それにしても何故あんな唐突に遊園地に行く事を計画して持ちかけたのだろうか。
その理由はあのあと美樹ちゃんにいくら訊いても答えてくれなかった。
そういえば「遊園地」と聞いたけど、どこの遊園地に行くのかは全く聞いていなかった。
ここから1番近い遊園地・・・。
1番近い西大久(にしおおひさ)駅から大久(おおひさ)駅、瑞井(みずい)駅を経由。
その次の駅『冨田(とみだ)駅』の近くに遊園地がある。
そう遠い距離でもないが、そこなのだろうか。
今日学校へ行ったときに訊いてみようと思う。
今は、またいつものように新聞を取りに行くため階段を降りる途中。
またいつものような会話が待っている・・・のだろうか。
一昨日と比べれば昨日の会話は少しマシだった気もする。
玄関のドアを開ける。
そして育人君の家のほうを見るとちょうど育人君が玄関から出てくるところだった。
「育人君おはよ~」
と、早速挨拶をする。
「おはよう」
「今日もよろしくね」
「うん」
昨日よりはマシ・・・いや、それよりも普通に話しているのではないだろうかという感じだった。
たしかに返事は一言だけど・・・。
昨日は語尾を引きづったような感じだったけどそうでもないし・・・。
私もできるなら、朝のこの挨拶だけでなくてどうせなら学校へ行く道も一緒なんだし一緒に行きたいとも思う。
こんな感じならたしかに私が会話を続けないと続かないだろうけど・・・。
一応会話は成立するだろうと思う。
ならいっそのことそれを持ちかけてみてもいいのではないか。
「あのさぁ・・・」
いつもなら挨拶で終わるところを続けたせいか、育人君がきょとんとしている。
「よかったらさ・・・今日一緒に学校に行かない?」
「えっ?」
またもや唐突な誘いに育人君がまだきょとんとしている。
驚いていると言うか・・・信じていないという感じ。
「だからさ、一緒に学校へ行かない?」
もう1度、さっきの誘いを繰り返す。
断られたら・・・なんて恐れが今になってやってくる。
恐れなのか相手が育人君なのかドキドキしている。
「別に構わないけど・・・」
ほっと一安心する。
「なら決まり。今から30分後ね」
「えっ、うん・・・」
私はいつも新聞を取りに行ったあと、20分後に家を出る。
育人君の方が私よりも来るのが遅いので10分ほど遅くする。
唐突な質問のためか、まるで昨日のような会話。
元に戻ったと言うか・・・。
ポストの新聞紙を取り、家に戻ろうとする。
視線を感じるなと思うと育人君がこっちを見ていた。
約束の30分後をよろしくの意で軽くウインクしてみせる。
そして家に戻り、いつもの通り準備を済ます。
あと10分の暇な時間。
あのソファーに座ってテレビを見ていた。
ちょうど星座占いのとき、魚座は1位だった。
朝、そう思ってからそのことが頭から離れない。
離れないながらも育人君よりも早く学校へと行く。
確かにそんなに早く行く必要はないし、育人君と話したいならもう少し後に家を出ればいい。
でも、あんな調子で一緒に歩いても・・・と思い、こうして早く出てきている。
行路を歩いて学校へ着くと仁志君と美樹ちゃんが早くも来ていた。
そして2人で話し合っている。
なんだろうと思って二人に話しかける。
「何してるの?」
「えっ、いやなんでもないよ」
「そう?」
「そうそう、なんでもないって」
2人はそういうけどどうも怪しい。
仁志君の机が二人の影になってよく見えない。
それでその机の上を覗きこもうとする。
「あっ」
ささっと美樹ちゃんが私と机の間に素早く移動する。
「やっぱり何かあるんでしょ?」
「内緒っ」
と、言って二人は1歩も譲らない。
これではどうしようもないのでとりあえずかばんを片付ける。
そして椅子へと座ると育人君が教室へ入って来る。
「おはよ~育人」
「おはよう」
朝のあの時と比べて明るい挨拶だ。
それこそ最初のときとは比べ物にならないくらいに。
「あれ仁志、何かやってるのか?」
「ああ、ちょっとな」
「そうか?まあなんでもいいけどな」
と、育人君はまるで関心がないみたい。
そして育人君もかばんを片付け席に座る。
仁志君と美樹ちゃんは私と仁志君の机の間・育人君と仁志君の机の間に立っている。
私はその仁志君の机の上に何があるのか知りたくて左右へ覗いてみるものの中は見えない。
そうこうしているうちに先生が入ってきた。
美樹ちゃんと仁志君はそれを見て机の上を片付けて席に着く。
それで先生は教卓のところに立ち、会を始める。
そのあと一時限から四時限までが終わり昼休みになる。
「おい育人」
「皐月ちゃん、ちょっと」
お昼の弁当を机を寄せて食べていると仁志君が育人君を、美樹ちゃんが私を同時に呼んだ。
「なんかあった?」
「えっ、何?」
と、二人の声がハモる。
私はぽっと赤くなる。
「あのさぁ、次の次の日曜日、22日に遊園地に4人で行こうと思うんだけどどう?」
4人・・・って私と美樹ちゃん、そして育人君と仁志君ということだろう。
「私は構わないけど・・・」
「僕も」
「なら決定ね」
と、美樹ちゃんがそのことを決める。
「えっ、でもなんでいきなり遊園地なんかに?」
「別に良いじゃない」
「今態々(わざわざ)、しかも遊園地に行くって何かあった?」
「いや別にないけどよ。たまには遊園地に行くのもいいかと思ってさ」
「えっ・・・みんなで行くなら私も行くけど」
「なら、時間は何時が良いんだ?」
と仁志君が尋ねる。
「僕はいつでも」
「私も・・・」
「なら朝の8時半に駅でいいか?」
「うん」
「構わないけど」
「じゃあ8時半で」
と、22日の日曜日の8時半に学校に集合して遊園地へと4人で行く事になった。
いつもはそのまますぐに一階へ降りるところを今日はこうしている。
一昨日は美樹ちゃん。
昨日は仁志君。
二人とも一昨日のあたふたする育人君は私のことが好きだからだと言っていた。
それに私が話しかけた時に限って育人君の態度は一変する。
私がその場にいても普通に喋るのに私が話しかけると急に変わる。
育人君が私のことを好きならその私はその育人君のことを・・・。
私は別に育人君が嫌いだとかそういうことはないけども。
でも育人君のことが好きだとかそういうのは・・・。
ないと、そう言えるのだろうか。
自分が育人君と話したいと思っているのは事実だし、どうでもいいことならそんな風にも思わないだろう。
このぎこちないのが嫌だっていうのは単にそうなんじゃなくてもしかしたら・・・。
そんな考えが自分の中で音を立てて渦巻く。
こうしていててもしょうがない。
私は自分の部屋から出て、階段を降りる。
私の家は二階に寝室。
一階にリビング、キッチンなど。
そう大して広い家でもないが居心地が悪いと言うわけでもない。
ビングには引っ越してきた日にかけたソファーが置いてある。
この上は私のお気に入りの場所。
1番落ちつける場所の一つ。
玄関へと向い、その重いとも軽いとも言えないドアを開ける。
「あっ、育人君おはよっ」
と、早速育人君に挨拶をかける。
「おはよう・・・」
「今日もよろしくね」
「うん・・・」
いつもと同じ・・・?
少しましになったような気もする。
気のせい・・・のような気もするし、そうでないような気もする。
でもどちらにしたって変化も微々たるもの。
ぎこちないのがどうにかなるためにも時間がかかるだろう。
何かが起こって・・・何かが変われば・・・。
そんな期待を膨らませる。
そういえばあの二人、美樹ちゃんと仁志君はいつからあんな仲なのだろうか。
クリスマスに態々(わざわざ)マフラーをつくって渡すくらいだからただの友達ってわけでもないだろう。
たぶん付き合っているのだろうとは思うけど。
そう思うとなんだか二人が羨ましく思えてくる。
私もその二人みたいになれたらな・・・と、育人君の顔が浮かんでくるのだった。
育人君は今日の朝も昨日と相変わらずぎこちない様子だった。
学校へきて用意を済ませた私は席であの仁志君がくるのを待つ。
育人君と仲のよい仁志君なら何か知っているかもしれない。
そう思って。
あのぎこちない様子には何かある。
それが朝・・・というよりも昨日から気になっている。
それにあのことも。
私が学校に来てから10分ほどしてから仁志君が教室へとやってきた。
育人君の方はまだ来ていない。
訊くなら今。
そう思って早速仁志君に話しかける。
「仁志君って、育人君と仲良いでしょ?」
「ああ、そうだけど」
「昨日から何かぎこちないような気がするんだけど何か知らない?」
「育人が?ああ、たぶんそれは・・・」
「それは?」
「昨日さ、皐月ちゃんが育人に話しかけただろ?」
「うん」
「あれってもしかして初めてか?」
「えっそうだけど・・・」
「もしかしたらそのせいかもしれないけどよ、あのとき育人の顔赤かっただろ?」
「それは美樹ちゃんも言ってたけど」
「たぶんそれが関係しているんだと思う」
やっぱり・・・。
「昨日さ、育人に顔が赤いって言ったら冷や汗かいててよ」
「冷や汗?」
「ああ、あれってやっぱ照れてたんじゃないのかって思うんだけどよ」
「美樹ちゃんも惚れてるとかどうか言ってたけど・・・」
「なら美樹の言うとおりなんじゃないか?」
美樹ちゃんの言うとおり・・・ということは育人君が私に惚れていると仁志君もそう言いたいわけか。
でも仁志君にしろ、美樹ちゃんにしろ結局本人からは直接聞いたわけではないみたいだけど。
育人君が私に惚れてる・・・か。
自分の頬がぽっと赤くなる。
「それよりさ、皐月ちゃんは育人のことどう思ってるわけ?」
唐突な質問をされて焦る。
それが拍車になってか頬が熱い。
「えっ、私!? べ、別に嫌いじゃないけど・・・」
「ま、育人もああ見えて結構いいやつだからさ」
「えっ、うん」
「でも育人がもし皐月ちゃんのことを好きだったとしたらたぶんしばらくはこのままだと思うけど」
「このままって昨日みたいな調子?」
「たぶんそうかと。あいつ普段はそうじゃないけどさ」
しばらくこのまま・・・って明日も明後日もこのままか。
「お、育人どうしたんだ?」
育人君が教室へと入ってくる。
でも朝と何も変わっていないようで、相変わらずだった。
「えっ、いや別に・・・」
「そうか?」
「何もないって」
「それならいいけどよ・・・」
「それより美樹ってまだ?」
「えっ美樹ちゃん?」
思いにもよらない質問で思わず返事を返してしまう。
「えっ、う、うん・・・」
さっきの仁志君に対する会話と打って変わって突然ぎこちなくなる。
惚れてる・・・か。
本当にそうかもしれない・・・。
「まだ来てないみたいだけどよ、美樹がどうかしたのか?」
いや、いつも僕より早いのに今日はまだなのかなと思ってさ」
「おっはよ~」
美樹ちゃんが相変わらず元気のいい挨拶で教室に飛びこんでくる。
「ごめん、ごめん。ちょっと遅くなっちゃって・・・」
ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン・・・
そのときちょうどチャイムがなる。
「さ、チャイムも鳴ったし早く座ろ」
美樹ちゃんにそう言われて席につく。
それから育人君と美樹ちゃんは二人で先生が来るまで話しこんでいた。
私と仁志君はどことなくそれにふてくされていたようだった。
席変えのあった翌日の朝。
昨日、育人君にあのようにして初めて直接喋ってから会うのは初めて。
いままでよりも少しは自然に喋る事ができるだろう。
そう期待を膨らませて家のドアを開ける。
そして外を見渡す。
でもまだ育人君の姿は見ない。
いつもならこれくらいの時間に出てくるのに・・・。
そう思って新聞のあるポストのほうへ向って歩く。
ガラガラガラ・・・
隣、育人君の家のドアが音を立てて開く。
「育人君、おはよう」
育人君が驚いたのか、ビクッとしてこっちを振り向く。
「あっ、どうも・・・」
昨日と何も変わっていないな・・・。
これならいままでのほうがまだましかもと思う。
「今日もよろしくね」
「うん・・・」
どうもぎこちない。
これからの朝もずっとこの調子だろうか。
『鈍いなぁ、だから育人が皐月ちゃんに惚れてるんじゃないのって』
昨日の美樹ちゃんの言葉が突然頭を過(よ)ぎる。
そんなことって・・・。
あれは単に美樹ちゃんがオーバーなだけ・・・。
でもやっぱり昨日と何も変わっていないことはたしか。
こういうことは、本人に訊くのが1番早い。
でもそんなことなんてとても訊けないし、こんなかんじでは訊いたとしても多分きちんとした返事は聞けないだろう。
仁志君や美樹ちゃんが育人君と接するように自分も自然に喋る事ができればな・・・。
仁志君や美樹ちゃんが羨ましくなる。
もっと自然に喋れれば・・・。
でもなんでここまでぎこちないんだろう。
やっぱり美樹ちゃんの言うことも一理あるのだろうか・・・。
でもそうだとして自分は一体何をすればいいのだろうか。
別に育人君が嫌いなわけでもないし、とくに好きだって人もいないけど・・・。
それにまだそうだと決まったわけじゃないし・・・。
でも、育人君なら別に付き合ったりとかしてもいいかもしれない。
って自分は何を考えているんだろう。
かしあのぎこちなさには何か理由があるはずだろう。
でもこうもぎこちないとこっちもやりにくいものだ。
返事も曖昧というか短調でどうも話が続かない。
校でもこれと同じなんだろうな。
たとえ、美樹ちゃんの言うことが正しいと分かったとしてもこれではどうしようもないか。
だからといって私に何かできるのか・・・。
仁志君のことが頭を過ぎる。
仁志君なら何か知っているかもしれない。
今日学校で訊いてみよう。
ポストの前に既に着いているはずなのに、こう考え事をしていると遅いのかまだ少し距離がある。
そういえば、育人君は何をしているのだろうか。
一応はポストに向って歩いている。
でも、心なしかいつもよりゆっくりと歩いているような気がする。
育人君も何か考え事をしているのだろうか・・・。
ようやくポストにつき、相変わらず入りきっていない新聞紙をとる。
そして、家の方へと方向転換。
家のバックの空が何故か空(うつ)ろに見える。
家までの距離が長くも、短くも感じ取れる。
また学校で、会うのだから今特別に喋る事もないだろう。
でも、何か育人君に言葉をかけたい気がしていた。
無事に全員の班が決まり、待機中。
暇つぶしと言ってはなんだが、美樹ちゃんといろいろと話している。
今度は席替え。
基本は教室の中に縦6人、横6人で机を並べる。
そして、それを縦に半分、横に三等分してそれぞれを一つの班にする。
それと同じような2×3のマスが黒板に大きく書かれている。
班のメンバーのうちの一人が教卓のところへいき、ジャンケンに加わる。
これがまたうまうまといちばん最初に勝ってしまう。
しかも一発で・・・。
こう上手くいくものなのかと驚き気味。
その人は迷わず真中の後ろ側を選ぶ。
理由は分からなかったが何故かそこだった。
美樹ちゃんと育人君の班はジャンケンで決められるのは後ろから2番目。
教卓の近く、真中の前をその班の人が選んだ。
ということは私のところの前か。
「美樹ちゃん、いちばん後ろ来る?」
「もちろん。1番前に来るでしょ?」
「言われなくてもそうするつもり」
「じゃあ私はいちばん後ろで皐月ちゃんは1番前ね」
「おーけー」
みんなが決まった班の場所に動き出す。
「私達もいこ」
そしてさっき決まった位置へ移動する。
「皐月ちゃん、同じ班だろ?よろしくな」
「えっうん、よろしく」
そう言うのは仁志君だ。
「そういや前に行くだろ?」
「うん、美樹ちゃんと約束したしね」
「実は俺も育人と、そういう約束を」
ということは、育人君も1番後ろに来るということか・・・。
席が近いなら話せる機会も増えるだろう。
なら、あのぎこちない時間ともおさらばか。
「俺、前に行っていいか?」
と、仁志君が他の班の人に言ったので私もそれに便乗する。
「私も」
「別に構わないけど・・・仁志、美樹ちゃんがいるのにそういうことしていいのか?」
「美樹に誘われて皐月ちゃんがそうするんだから別にいいんだって」
「そうか?まあほどほどにな」
「おう、じゃあ前へ行くか」
そう仁志君に言われて私も前へ行く。
約束通り、そこには育人君と美樹ちゃんが待っていた。
「約束通り前だよ」
「すんなりと決まった?」
「うん、一応ね」
「ならよかった」
「そっちは?」
「最初からここにいたけど別にもめなくて」
「へえ。実は仁志君も育人君と約束してたみたいで・・・」
と、そういえば育人君には挨拶ぐらいしておかないと。
せっかくこうして近い席になったわけだ。
あの朝の挨拶のこともあるし、少しは親しくなっておいたほうが無難だろう。
そう思って私から育人君に話しかける。
「あっ、育人君、よろしくね」
育人君が驚いてこっちに振り向く。
「えっ・・・あっ、どうも」
心なしか育人君の頬が赤いような気がする。
気のせいだろうか。
いくら隣人と言えども突然話しかけられたらやっぱり上がってしまうものだろうか。
「毎朝新聞とりに行ってるでしょ?私も任されてて」
「えっ、うん・・・」
相変わらず返事がぎこちない。
どうもやりにくいものだと思う。
「それで毎朝挨拶してるでしょ?それならせめてきちんと隣人としてよろしくとぐらい言いたくて」
「それは僕も前から・・・」
なんだ、そうだったのか。
なら早く言ってくれればいいのに。
「えっ、そうだったの?ならいつでも言ってくれればよかったのに」
育人君の顔がまだ赤みをおびいてるような気がする。
やはり気のせいではなく本当に赤くなっているのだろうか。
「席も近いことだし、これからよろしくね」
と、これで明日からはいままでよりも少しは楽になるだろう。
それでまた話を美樹ちゃんの方へと戻す。
「あれ皐月ちゃん、育人と話すのって初めて?」
「えっそうだけど」
「なんか育人、顔赤くなかった?」
「なんか私もそんな気がしたんだけど」
「なら育人、あれなんじゃない?」
「あれって?」
「あれっていったらあれしかないじゃない」
「だからあれってなんなの?」
「鈍いなぁ、だから育人が皐月ちゃんに惚れてるんじゃないのかって」
「えっ、育人君が?私を?何を言うかと思ったら・・・」
たしかに育人君の顔は赤いような気がしてたけど・・・。
あれって単に上がっているんじゃなかったの?
「それはいくらなんでもないんじゃない?」
「そんなことないでしょ。私と話しているときは普通に話してたのに、皐月ちゃんと話しているときは口数少なかったでしょ?」
「たしかに・・・」
それは私も気にはなってはいたけど。
「それはそういう意味なんだって」
「単にあがってるんじゃないの?」
「好きだからあがってるんでしょ」
「えっ、そんなこと絶対無いってば~」
「まっ、いいか。そのうちわかるだろうからね」
美樹ちゃんが笑って言う。
なんだか先が思いやられそうだ。
これからこうして幾度と無くこの話題を出してくるのは目に見えている。
でも、いくらなんでもそんなことは・・・。
自分でも気付かないうちに心臓が高鳴っていた。
こうして、この学校での初めての席替えも無事(?)に終わったのだった。
とりあえず明日の朝は挨拶ぐらいはできるだろうけど・・・。
でももし美樹ちゃんが言うとおりだったとしたら・・・。
そして、新学期も始まり短い冬休みも終わりを告げた。
そして、今は三学期初の学級活動の時間。
その内容は班変え。
どうせなるならやっぱり話せる人が同じ班になるのが最良だろう。
前、二学期の班は3班で私と美樹ちゃんを入れて3:3の割合の男女の班だった。
他の班もそれくらいの割合だったので、今回もそうなるだろう。
そして班の決め方はくじ。
言ってしまえば適当な決め方だ。
でも、最も早く決まる決め方でもあるだろう。
誰と一緒になるかも運次第、全ては運任せだ。
今は先生がくじ用の紙を作っている。
して、黒板には1から6までの数字が書かれている。
くじを引いて決まったらそこに名前を書くためのものだ。
その間、教室は静かになるわけもなく私語が飛び交っている。
私も班変えについて、美樹ちゃんと話していた。
「皐月ちゃんは誰かいっしょになりたい人いる?」
「え、誰か気軽に喋れる人が一緒なら誰とでも構わないけど・・・」
「私も同感~と言ってもほとんどの人が当てはまるけどね」
美樹ちゃんの言うとおり美樹ちゃんは結構いろんな人と喋っている。
この間も男子の話の輪の中に自然に入っていた。
「そういや、美樹ちゃんって学校じゃ育人君とあまり喋らなくない?」
そんな美樹ちゃんでも学校ではあまり育人君と話している姿を見たことがない。
この間もクリスマス前には話していたって言ってたし、年末にも話していた。
でも、学校じゃそんな様子も見せない。
育人君はあの仁志君とよく話しているし、美樹ちゃんも他の男子と比べて仁志君と喋る回数は多い。
私はその場にいたことはあるものの、仁志君に私から声をかけることはなかったけれども。
でも学校で育人君と美樹ちゃんが喋ることがほとんどないのは何故だろう。
そんなこんなで疑問を投げかけてみたのだった。
「え?そう?育人とも喋ってるつもりなんだけどなぁ」
「そうだってば、仁志君とはあんなに喋ってるのにさ・・・」
「そりゃ仁志とはあれだし・・・」
「あれって?」
「え、なんでもいいじゃない」
「いいわけないでしょ」
「さ~て準備もできたようだし、くじ引きにいこ」
うしてこの如(ごと)く流されてしまった。
あれってなんだろう、もしかすると・・・。
「さ、早く」
美樹ちゃんに連れられ前の教卓へと行く。
う~ん・・・
3学期は比較的短いのにそれでもこうして悩んでしまう。
「私はこれ!」
そう言って美樹ちゃんは手にした小さな紙を開ける。
『2』
紙いっぱいに黒のペンでそう書かれてあった。
教卓の端に一つ置いて行かれたように残っていた紙を手に取る。
『5』
私の紙にはそう書かれていた。
「5班か~、私とは違うんだね」
「うん・・・」
少し置いていかれたような気分になる。
「さ、黒板に名前書きにいこ」
先ほどの数字の書かれた黒板の5のところに名前を書く。
その5班のところには先客がいた。
『大野 仁志』
少し右上がりでそう書かれていた。
仁志君と同じ班か。
美樹ちゃんの方はと見るとそこには育人君の名前があった。
美樹ちゃんは育人君と同じ班か・・・。
そんな美樹ちゃんが私は少し羨まかった。
育人君とは朝に毎日挨拶はするのに直接言葉を交わしたことがない。
そんな関係が歯がゆいような気がしてならなかった。
そして、その育人君と直接話がしてみたいと思っていたのは他でもない私だった。
どうせなら、言葉のない挨拶よりも声に出して挨拶が自然に出来るような仲になりたい。
私は朝に挨拶をするたびにそう思っていた。
「班も決まったことだし、席にもどろ」
美樹ちゃんにそう言われて自分の席へと戻り、他の人の班が決まるのを待った
私が転校してきた日から、毎日欠かさず朝に新聞を取りにいっていた。
ここに引っ越しする前からもその習慣は続いていたものの、いままでよりもその時間が楽しみになっていた。
言葉さえ交わさないものの、玄関口で挨拶する毎日。
学校へ行っても、喋るのは美樹ちゃんばかりで他の人との交わりも大してなかった。
その上で、隣人の育人君と新鮮な朝に挨拶をすることはもう日課となっていた。
学校で仁志君と喋っている声は他の声と交じり合っていたが、耳には届いていた。
しかし、面と向きあって直接話すということは全くなかった。
そして今日は12月28日。
明々後日(しあさって)はもう今年最後の日だ。
ここへ引っ越してきて初めての年越しとなる。
年末の大掃除・・・のはずなのにうちは大して忙しい雰囲気でもなくいつも通りに時間が過ぎていく。
おせち料理の買出しももうとっくの前に過ぎてしまっていた。
あとは時が過ぎるのを待てば良いだけとでも言うのだろうか。
そして、そんな今日も先ほど美樹ちゃんから電話があった。
今日もまた遊びに来るとのことだった。
これで4度目だろう。
それにしても今日は遅い。
台所でベルがなるのを待ってた私は待ち遠しくなって、家を出た。
ガラガラガラ・・・
ドアを開き、学校の方を見ると突然美樹ちゃんの声がした。
「どうしたの?」
その呼び声のほう、育人君の家の前を見るとそこにまだ来ていないと思っていた美樹ちゃんと育人君がいた。
「えっ・・・」
美樹ちゃんがとっくに来ていたなんて・・・。
しかも何故か育人君と喋っている。
その育人君の手には財布があった。
なんだこれから買い物か・・・。
それを見て私は少し落ちついた。
「ちょっと遅かったから・・・」
「ごめん、ごめん。ちょっと準備に時間がかかってさ」
と、いうがいつものようにバックを肩に掛けているだけ。
「気になって外まで来ちゃったよ」
美樹ちゃんが突然スーパーのほうを向いた。
何かあるのだろうかと向くとそこには仁志君がいた。
首に黄色のマフラーをしている。
のマフラーってこの間美樹ちゃんが家で編んでいたマフラーと同じだ。
「あれ?仁志、どうしたんだよ?」
育人君が仁志君に向かって訊く。
その育人君の声は大してかっこいいというわけでもなくごく普通だった。
でも何か歯がゆい気持ちになる声だった。
「おまえんちに遊びに来たんだよ。それより美樹、この間はありがとな」
仁志君の声を直接聞くのも初めてだろう。
少し太めの声だ。
「えっ、別に構わないってば」
「あれってこの間の?」
さっきから気になっていたことを訊いてみる。
「そうそう。クリスマスプレゼント」
「そうだったんだ・・・」
クリスマスプレゼントか・・・。
誰かにあげたって事はわかっていたけどそれが仁志君だったとは。
「あのさ、仁志。これからおせちの買い物に行こうと思ってるんだけど」
「買い物?それならついていくよ」
「えっ、付き合ってくれるわけ?」
「終わるまで暇だからついていくだけ」
「というわけだから、美樹そろそろ行くからな」
「それじゃあね、仁志、育人」
「おう」
そうして、育人君と仁志君はスーパーのほうへと歩いていった。
「さ、早くはいろ。外じゃ寒いでしょ?」
「えっ、うん」
こうして美樹ちゃんと家の中へ入っていった。
それにしてもさっきの歯がゆさはなんだったんだろう・・・。
そして富緒柚(としょゆ)高校に転校してきてから数週間が過ぎた。
あれから幾度となく、美樹ちゃんと話している。
クラスの他の人とも馴染め、このクラスももうだいぶん慣れてきた。
ただ、クラスの男子とは滅多に喋らなかった。
喋っていたとしても班としての活動の上でだけだった。
そしてあの人ともまだ一度たりとも言葉を交わした事はなかった。
美樹ちゃんはあれ以来よく家に遊びにきている。
いちばん最初に遊びに来たときのこと。
ちょうど転校してきてから一週間ぐらいが過ぎたときだった。
このときは学校の前で待ち合わせ。
「待った~?」
そう言って私の家と反対の方向から美樹ちゃんが走ってきた。
何やら大きめのバックを持っている。
「いや、私も今来たばっかりだけど」
「じゃあいこう!」
そして、私の家へ向かって歩き出した。
「それでどう、この町は?」
「近くに商店街もあって良いとこだとは思うけど」
「でしょ?住み心地良いんだよね、またいろんなとこ紹介するよ」
「うん、まだ知らないところも多いし・・・」
「じゃあまた近いうちにね」
「うん」
「そういや、ここから家までどれくらい?」
「この坂を降りたらすぐだけど」
「じゃあ学校までそんなに距離もないんだ」
さすがに毎日のぼるのは辛いものの、おりるのは早かった。
「うん、でもこの坂がちょっとね」
「でも帰りは楽でしょ?」
「うん」
そんなことをしている間に家へとついた。
「それでうちはここだよ」
家から坂までも対した距離はない。
その分、坂が長く感じるけれども。
「あれ?イクトの家の隣?」
「そうだけど・・・」
そう言いながら家の玄関を開けた。
「ただいま~」
「おかえり・・・あら、お客さん?」
「初めまして、三野木 美樹です」
「ゆっくりしていってね」
そうして、階段を上がり私の部屋でさっきの話の続き。
「近いって言ってたけどまさか隣だとは思わなかったよ」
「そういったって、この家も借りてるんだけどね」
「そういや、ここはしばらく空家だったんだ」
「前はどんな人が住んでたの?」
「前はここに仁志の家族が住んでてね、けどスーパーに近いアパートができて、そこに引越ししたんだって」
「へぇ~」
最初に美樹ちゃんが遊びに来たときはこんな感じだった。
あのバックには編みかけのマフラーが入っていて、私の家で話しながらその続きをやっていた。
誰かにあげるのだろうか。
そして、今日のクリスマスイヴの日にも美樹ちゃんは遊びに来ると電話をかけてきた。
もうそろそろ来る頃だろう。
ピンポーン・・・
玄関へといき、美樹ちゃんをむかえる。
ふと、隣の家に目をやるとイクト君がケーキの箱を大事そうに持って家へ入ろうとしているところだった。
そして、私の部屋へとあがる。
この間遊びに来たときはまだあのバックを持っていたのに今日はもっていない。
「あれ、あのマフラー編み終わったの?」
「え、そうだけど・・・」
「あれって、誰かにあげたの?」
「それは内緒」
このあと何度このことを聞いても美樹ちゃんは笑いながら内緒としか言わなかった。
一体誰にあげたんだろう?あのマフラー・・・
転校するとなるとあらかじめ、その学校の校長先生らと会う必要がある。
ただ、昨日は引越しのかたずけなんかで忙しかった。
だから転校当日、こうして他のその学校に通っている人達よりも早く学校へ行って先生と会う事にした。
朝に出会ったあの人もこの学校に通っているのだろうか。
お母さんと共にまだ先生も少ない早朝の校門へと立って学校を眺める。
ここが今度の学校か・・・。
校門を過ぎ、正面玄関へと校門にいた先生に導かれる。
そして、靴を履き替え学校へと入る。
悲しいことにこういうことにも慣れてしまったものだとつくづく思う。
そして校長室と書かれた部屋へ入る。
奥の机に校長先生と思われる人が座っている。
そうして、転校についていろいろと説明があった。
うやら先ほど校門から誘導してくれた先生は担任の先生らしい。
やたら改まった話し方で慣れられない先生だとは思ったが、まさか担任とは。
説明が終わったあと、まだ時間があったので校長室でのんびりとする。
部屋のまわりに掛けられた歴代の校長先生の写真をぐるりと見渡す。
よくみるとその中に前の学校「万江(まんえ)高校」の校長先生もいる。
さすがに前の高校にいたときより若かった。
でもその面影はある。
「あと少しでチャイムもなるから、そろそろ教室へ」
さっきの担任の先生に案内され、教室へと行く。
ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン・・・
4組の前を通った頃にチャイムが鳴った。
「ここだ」
そして、教室のドアを先生が開ける。
「今日は転校生を紹介する」
その転校生とは言うまでもなく私のことだ。
3組の教室の中がざわめく。
転校生が来たという時の反応は何処の学校でも一緒らしい。
「さあ入ってくれ」
そう言われて教室に入る。
そして教室を目でぐるりと見渡す。
廊下に近い教室の一番右側の後ろの席、そこに机が置いてあった。
あそこへいくことになるのか・・・。
今度は教室の左側。
まじまじと見つめられるこの視線は妙な緊張感を演出するらしい。
緊張して鼓動が少し早くなる。
その早くなった鼓動にさらに追い討ちをかけるかのようだった。
教室の左前あたりに今朝の人がいる。
早くなっていた鼓動はより早くなる。
そうしている間に先生が黒板に名前を書く。
『岸原 皐月』
私は慌てて自己紹介をする。
「百江高校から転校してきた岸原 皐月です。よろしくお願いします」
先生がさっきの席へと案内する。
そして隣にいた人から話し掛けられる。
「私、三野木 美樹。よろしくね」
「こ、こちらこそ」
そのあと朝の会があるらしい。
でも美樹ちゃんはどんどん話を進めていく。
「前にいた高校って何県?」
「えっ、○○県だけど・・・」
「それじゃあ結構遠くから来たんだね」
たしかに長い時間車に揺られていた気がする。
引越しの用意ですっかり疲れて車の中で寝てしまっていたからだろう。
「うん・・・」
「ところでさ、このクラスの中で誰が1番かっこいいと思う?」
「えっ?」
唐突な質問・・・かっこいい人・・・か。
そう聞いて朝のあの人のことを思い出す。
「教室の1番右の列の前から2番目って誰?」
「ああ、イクトか。一応私のいとこなんだけどさ」
「いとこなの?」
「いとこって言ったってホント全然話さないよ、ヒトシとはよく話してるみたいだけどさ」
「ヒトシ君ってその右斜め前の?」
「そうそう、もしかしてそのイクトのことがかっこいいって?」
笑いながら、聞く美樹ちゃん。
「えっ、そういうわけじゃ・・・」
「じゃあなんなの?もしかしてホの字?まさかそんなこと入ってきたばかりなんだからないよねっ」
ホの字?イクト君に?
頬がピンクに染まる。
「ないないっ、単に家が近いだけだからっ」
慌てていたのか、口が思わず滑る。
「へえ、イクトの家の近くなんだ?」
「えっ、う、うん・・・」
なぜこうも自分が焦っているのだろう。
もしかして本当に気があるのかもしれない。
そう思いかけて慌てて消す。
そんなことがあるわけないじゃない。
ただ、隣の家に住んでいるだけなのに・・・。
ただ、朝に会っただけなのに・・・。
ただ、挨拶をしただけなのに・・・。
偶然、同じ学校で同じクラスになっただけなのに・・・。
「今度遊びに行っていい?」
「別に構わないけど・・・」
適当に返事を返していたのが自分でもわかった。
ピ~ンポ~ンパ~ンポ~ン・・・
朝の会が終わったチャイムだったんだろう。
でも、そんなことは耳には入っていなかったのだった
翌日朝早く起きた私は、着替えて一階へ降り、家の玄関へと向かう。
今日は新しい学校へと転入する日。
どんな人がいるのだろう。
でも友達になったと思ってもすぐにまた転校する事になるのだろうけど…。
それはさておき、私は毎日朝早く新聞を取りに行く事が日課だ。
日課というよりも任されていると言った方が正しいのだろう。
そして玄関の鍵を開ける。
カシャッ
玄関の扉を開けると右隣の家の玄関のところにパジャマ姿の男の人が立っていた。
年はちょうど同じ位。
背丈は向こうの方が4、5センチ位高い。
この人がお母さんの言っていた人だろう。
もしかしたら同じ高校に通っているかもしれない。
それなら挨拶くらいはしておいた方が良いだろう。
そう思って頭を下げる。
それに合わせるかのように男の人も頭を下げた。
そして男の人はそのまま私を見つめる。
何か用でもあるのかと待っては見るものの何もない。
このまま待っていてもしょうがないし、とりあえず新聞を取りに行こう。
そう思って歩き出すと男の人も歩き出した。
結局何だったんだろうと、気にはなるもののポストへと向かう。
ポストは隣の家と同じ赤いもの。
ちょうどかまぼこに棒でもつけたかのような形。
新聞はその中に収まらず、半分ほど外に出ている。
だから横についている蓋(ふた)も半開き。
雨の日は濡れそうだ。
そう思い、新聞を抜くと玄関へと向かう。
玄関の扉を開け、家の中へ入ると奥の部屋からお母さんが出てくる。
「昨日言ってた、隣の同じ位の年頃の人って男の人?」
「ええそうだけど・・・なんで知ってるの?」
「新聞を取りに行くときに偶然出会っちゃって…」
「へえ、もしかしたらお父さんと同じ格好だった?」
「え・・・?パジャマ姿だったと思うけど。なんで?」
「だって家のお父さんって会社に行く前までずっとパジャマのままでしょ?」
「たしかに・・・」
「男の人ってそういうものよ」
「そういうものなの?」
「そういうもの、そういうもの」
そう言ってお母さんは二階へと上がっていった。
そういうものなのかなぁ・・・。
そう思って台所の扉を開けるとパジャマ姿のお父さんがイスに座っていた。
「おはよう」
「おはよう・・・」
やっぱりそういうものなんだと思いなおし、自分もイスへと座る。
そうして、新しい学校へ転校する日の朝は始まった。
この時はまだまさかあの人と同じクラスになろうものなど思ってもいなかっただった。
ここが次に住む家か・・・。
そう思いつつ、新居に入りその心地を確かめる。
家は迷路のようには入り組んではいなかったし、そう広くもなかった。
しかし、前に誰かが住んでいたということを思わせる空気だった。
「皐月~、家具を入れるの手伝って~」
お母さんの声を聞いた私はその作業を手伝いに走った。
引越しには家具の運び入れは当然といえば当然だ。
しかし、こうして転勤族であるということはそれはただの宿命でしかない。
もう何度もこうして運んでるものだからすっかり慣れてしまった。
それでも重いことには変わりはないが。
やっと一通り家具を家へ入れ終えた私はリビングのソファーへと腰掛けた。
引越しの作業で疲れたのでゆっくりと休憩しようと思った。
でも・・・
「皐月~、引越しの挨拶に行くわよ~」
お母さんがさっきと同じ口調で呼ぶ。
これも結局転勤族の運命というしかない。
無論、隣人とは仲良くするのは当然のことだが。
いつもと同じノリで大して着飾らずに、再び家を出た。
まずは家の左側の家から。
左側の家は古風で日本って感じの家。
縁側で浴衣を着てスイカを食べながら花火を見る姿が似合いそうなところだ。
ピンポーン、ピンポーン
その家のインターホンから男の人の声が聞こえてきた。
「どなたですか?」
「隣に引っ越してきた岸原と申します」
「しばらくお待ち下さい」
そう聞こえたかと思うとすぐさま玄関が開いた。
「改めまして、隣に引っ越してきました岸原と申します。大した物ではありませんがお近づきの印に」
そういってお母さんは手に持った袋を手渡した。
いかにもまとめて買ったかのようで形からしてタオルか何かだろう。
「それではよろしくお願いします」
そういって私とお母さんは頭を下げてその家を後にした。
一度家に戻り再びタオル(だろうと思われるもの)を家から取ってくる。
そして、今度は新居の右方。
こっちは白壁の直方体のような家。
玄関までの道もそう長くはなく、その両脇は芝生だ。
ポストもどこにでもありそうな棒の上に赤い箱が乗ったもの。
お母さんは早速チャイムを押す。
ピンポーン、ピンポーン...
その直後、バタバタバタ・・・と家の中から音がした。
そして、ドアが開く。
出てきた人は女の人だった。
「隣に引っ越してきました岸原と申します…」
さっきと同じような感じで挨拶が進んでいく。
この人はたぶん二階から降りてきたのだろう。
でも息はあがってはいなかった。
相当体力のある人なんだろうなぁ。
そう思っているうちに挨拶は終わった。
やはりさっきと同じようにタオル(らしきもの)を渡したようだ。
そして今度は向かいの家。
さっきと同じように家に戻る。
その途中何か視線を感じたが、それはさっきの家の二階から。
二階はさっきの家の人が降りてきたはずだから他にも誰か上にいたのか・・・。
そういえば、お母さんが言う人らしき姿は見なかった。
まだ学校から帰ってきていないのだろうか。
そうして向かいの家へと向かった。
「机早く運んじゃって~」 |
「あ~そこ邪魔!邪魔!」 |
今日はいつもに比べてはるかに忙しい。 |
それはこれから新しいところへ引っ越すからだ。 |
「皐月、そろそろ行くわよ!」 |
皐月、岸原皐月とは私のことだ。 |
15歳で高校1年生、転勤族と呼ばれる引越しが多い家族だ。 |
前は百江高校にいたけれど、今度の高校にはどんな人がいるのだろうか気になる。 |
「は~い」 |
ドタドタドタ。 |
転勤族だけあってアパート暮らしだった。 |
次の家もアパートか、一軒家に憧れるも夢のまた夢。 |
一軒家に住めたらなぁ。 |
そう思いながら階段を駆け下りる。 |
バタン。 |
ブロロロロロロロ・・・ |
今まで住んでいたところを名残惜しみながらも、私たちはその家を後にした。 |
「それにしてもさっきまでいたところにだって、3ヶ月前の9月に引っ越してきたばかりじゃない」 |
「パパが転勤が多いんだもの、しかたないでしょ」 |
「そんなこと言われてもなぁ。一軒家が恋しいよ」 |
「実はね、次に住むところは一軒家なの」 |
「え、買ったの?」 |
「そんなことはしないわよ、借りただけ」 |
「やっぱり・・・」 |
「やっぱりってしょうがないでしょ」 |
「そりゃそうだけどさぁ」 |
「あと、次行く事になる高校は富緒柚(としょゆ)高校ってところね」 |
「なんか変な名前・・・」 |
「そんなことお母さんに言わないでよ」 |
「学校まで結構近いの?」 |
「近いんだけど、ただ・・・」 |
「ただって何よ?」 |
「手前に急な坂があるのよ」 |
「ぇ・・・」 |
急な坂・・・一体どれぐらいの距離なんだろうか。 |
「そういえば、同い年ぐらいの人が隣に住んでいるらしいわよ」 |
「ふ~ん・・・」 |
「引越しの挨拶の時によろしく言っておいたらどう?」 |
「え、私も一緒に?」 |
面倒だと思い、断ろうとしていた。 |
でもそういう私とは裏腹にお母さんはどんどん話を進めていく。 |
「決まってるじゃない、お隣さんなんだから」 |
「ん~」 |
「明日(あした)にでも挨拶に行くわよ」 |
「あ・・・」 |
「お、もうすぐ次に住むところにつく頃だ」 |
「結構落ち着いたところね」 |
明日?と聞こうとしていたのだが、お父さんの一声で見事に流されてしまった。 |
「それにしても良かったじゃない一軒家で」 |
それは確かに、一軒家だけど・・・これでよかったのだろうか。 |
そうして私は明日、お母さんと一緒に引越しの挨拶へと出向く事となってしまったのだった。 |
そういえば、隣の人って男?女? |